ブータンの政治

ブータンの政治システムは、伝統と文化と共に発展してきました。族長や地域支配者、氏族達の細分化され混乱した統治が基礎を築き、今日では議会制民主主義の国となっています。

政治の枠組みをつくった一番初めの動きは、1616年にシャブドン・ンガワン・ナムゲル(Zhabdrung Nawnag Namgyal)がチベットからやってきたことです。彼は、政府が宗教上の長と時の統治者の両方を務める二重のシステムを持ち込みました。

しかし1907年、人々に押されウゲン・ウォンチュック(Ugyen Wangchuck)が初代ブータン国王となると、大きな進展がありました。彼は、いくつもある要塞の統治者をまとめ、国を安定した平和なものにしようと情熱を注ぎました。そして、ブータンはウォンチュック朝の世襲君主に治められるようになりました。

第三代国王、ジグミ・ドルジ・ウォンチュック(Jignme Dorji Wangchuck)は、より民主的な政治を確立するという動きの中、1953年に国民議会を設立します。これにより、全ての村で、国民議会の代表が選出されるようになりました。この国民議会が、国民の代表者が法を施行したり国の重要議題について話し合ったりする場の土台となっていったのです。

1963年に、王や閣僚理事会と国民をつなぐ機関として政府諮問機関が設立されると、民主化にまた新たな動きがありました。王や閣僚理事会も外部から助言されるようになり、国家計画がより確実に実行されるようになったのです。

第四代国王、ジグミ・シンゲ・ウォンチュック(Jignme Singye Wangchuck)により、1981年に地区開発議会であるDzongkhag Yargay Tshogduが、1991年に国家開発議会であるGewog Yargay Tshogchungが設立されたことも、また民主化への動きとなりました。

しかし、民主化が形となった最も大きな出来事は、1998年に王の権力が閣僚へ移行したことです。王は国家の長として君臨し、政治は首相によって行われるようになったのです。

2001年11月に、第四代国王の助言があり、司法部の長がまとめる委員会は、ブータン憲法の草案をつくりました。この憲法は2008年に施行され、そこには永久の民主主義が謳われています。君主支配から議会制民主主義への進化は、1953年の国民議会設立から完全なものになるまで、ゆっくりと進んできました。2008年に、ブータンでは国をあげてはじめての総選挙が行われました。この選挙でDruk Phunsum Tshogpaが国民から選ばれ、政府のトップとなりました。今日では、Lyonchen Jigma Y Thinlyが首相として、2つの政党に分けられる45名の議員と共に、政治の舵を切っています。

ブータン政府は、議会、司法部、行政部の三つで構成されています。政府与党と野党と国民院は、立法府を構成しています。